「未来へ」制作にあたって Arearea
2011年3月の夜、私は震える自分の体を抱きながら、でも何が起こっているのかちゃんと知りたくて、パソコンの動画を食い入るように見ていました。たくさんの動画を見ながら、私にとっては優しくて、慈しみ深い海が見せる突然の猛威に、ただただ涙が止まらない毎日でした。でもその中で、さいとう製菓の専務さんの「すぐ逃げなさい」という言葉が強く耳に残って離れずにいました。
その後、各地で支援活動やチャリティ活動を続けてきましたが、今回ご縁があり、この大船渡津波伝承館建設応援チャリティライブに出演できることになって、「さいとう製菓の専務さん」、齊藤さんのお話を直接伺う機会を頂きました。その時に仰っていた、大船渡津波伝承館のテーマ「もう誰もこんな思いをして欲しくない。だから、僕は伝承館を作り、”逃げなさい”というメッセージを発し続けます。あなたに助かって欲しいから」…
私は18年前、阪神大震災を激震地区の神戸市灘区で経験しています。でもこうやって無事で生きていられるのは、父親が新聞で「関西にも強い地震が来るかもしれない」という記事を読み、家具や棚、大きな家電などが家族の寝ている場所に落ちてこないように、しっかり固定したり、場所を変えたりしていてくれたからでした。父親の備えが、私たち家族の命を守ってくれたのです。そのことを思い出し、齊藤さんのお話に深く共感をしました。そしてチャリティライブの後、すぐに「伝承館に何かお役に立てることはないですか?」とお伺いして、今回、テーマソングを作らせて頂く事になりました。
「未来へ」の制作にあたっては、齊藤さんをはじめ、伝承館プロジェクトに携わる関係者のみなさんに初期の段階からデモを聴いて頂いて、歌詞やメロディーがきちんと伝承館の意思に添えているか、照らし合わせながら少しずつ作っていきました。
歌詞を書いている間、改めて伝承館のHPで語られている証言を読んだり齊藤さんの津波当時の動画を見たりして、たくさん涙を流し、気づいたことがありました。
多分、私の中の時計も、18年前の1月17日で止まっていたのです。
その時計が、歌ができていく過程の中で、チクタクと動き出したような気がしました。それはとても不思議な体験でした。
さらに、アレンジを施されたこの歌を聴いたとき、自分自身が何かから解き放たれた、そんな気がしました。
たくさんの方の協力を得て「未来へ」はこれまでのアレアレアの作品以上にとても力強い歌になったと思います。
未だに
「ちっぽけな自分に何ができるだろう?」
「何もできないんじゃないか?」
「いや、何かの力にはなれるはず・・・」
迷いに迷いながら現地へ足を運ぶのに、どんな場所でも、どんなときも、いつも「よく来てくれたね、ありがとう」って言ってくれる。一緒に歌って、踊って、笑ってくれる。頑張ってよ、と抱きしめてくれる。
結局、励ましに行くつもりが、私たちはまた、たくさんの気持ちや力をもらって帰る。強くてあったかい、愛すべきみなさんの心。
そして、活動で出会った素晴らしい仲間たち。陰にも日向にもいつも支えて下さるたくさんの方々。
その美しい姿を、気持ちを、言葉をひとつひとつ、思いながら書きました。
もちろん、伝承館をテーマとする歌ではありますが、伝承館を作り、伝えていこうと立ち上がる人たちの姿を見て「自分たちも前を向こう!」と思って下さる方がいたら、さらに嬉しく思います。
私たちが出会った、心優しくて勇敢なすべてのみなさんへ。
伝承館の、私たちの、みなさんの祈りが、100年、1000年、5000年先の「未来へ」しっかりと届きますように。
Arearea RINO & YUKI
2013年7月11日